その「なんだか重い」、根性じゃなく鉄不足かもしれません——レバーという切り札

練習が、最近やけにきつい。同じメニューのはずなのに、後半で体が止まる。朝は起きるのがつらく、日中もどこか眠い。
こういうとき、私たちはつい「気合いが足りない」「サボり癖がついた」と自分を責めます。コーチにも、そう言われるかもしれません。
でも、ちょっと待ってください。その重さの正体は、根性ではなく「鉄不足」かもしれないのです。
鉄は、血液が酸素を運ぶための、いわば"運搬トラック"の部品です。これが足りないと、どれだけ心臓と肺が頑張っても、筋肉に酸素が届かない。エンジンは元気なのに、燃料が運ばれてこない状態——それが、あの原因不明の「重さ」の一つの正体です。
そして競泳選手、とくに女性のスイマーにとって、これは決して珍しい話ではありません。この記事は、その隠れた弱点と、いちばんの切り札である「レバー」の話です。読み終えるころには、たぶん買い物に行きたくなっています。ただし——この食材には、「栄養がありすぎて毎日は食べられない」という、ちょっと変わった注意もついてきます。そこまで正直にお話しします。
「隠れ貧血」は、スイマーの見えない弱点
鉄不足には、二段階あります。血が薄くなる「貧血」と、その一歩手前——血液検査では貧血と出ないのに、体内の鉄の貯金(フェリチン)が底をつきかけている「隠れ貧血(非貧血性鉄欠乏)」です。やっかいなのは後者。健康診断では見逃されやすいのに、持久力や疲労感には、じわりと効いてきます。
どれくらい競技力に響くのか。数字があります。女性アスリートを対象にした研究レビュー(Pengelly ら, 2025)では、鉄が欠乏すると持久系パフォーマンスがおよそ3〜4%低下し、鉄を補うと2〜20%改善、最大酸素摂取量(VO2max)も6〜15%改善したと報告されています。3%といえば、100mで数秒。侮れない差です。
そして「水泳選手は陸上と違って足で着地しないから、鉄は減らないだろう」——これは誤解です。古い、しかし競泳を直接調べた貴重な研究があります。
- 高校の水泳選手を調べた研究(Rowland & Kelleher, 1989)では、隠れ貧血(フェリチン低値)が女子で46.7%、男子で0%。実に女子の約半数でした。
- 持久系の水泳選手を調べた研究(Selby & Eichner, 1986)では、鉄が減っていた選手が男性11%・女性57%。しかも約25%で、赤血球が壊れた形跡(溶血)が見られました。
ランナーは着地の衝撃で足裏の血球が壊れる「溶血」が知られますが、衝撃のないはずの水泳でも、体温上昇や酸化ストレスなどで溶血は起きうるのです。「水泳だから大丈夫」ではありません。とくに月経のある女性は、そこでも鉄を失います。女性スイマーにとって鉄不足は、"あるある"の弱点なのです。
だからまず言いたいのは、原因不明の不調が続くなら、一度フェリチンを含む血液検査を、ということ。そのうえで、食事でできる最強の一手が、次の主役です。
切り札:レバーの鉄は「吸収されやすい鉄」
鉄を食べ物から摂るとき、実は"鉄なら何でも同じ"ではありません。鉄には二種類あります。
- ヘム鉄:肉や魚など動物性に含まれ、吸収されやすく、他の食べ物の影響も受けにくい。
- 非ヘム鉄:野菜や大豆など植物性に含まれ、吸収率が低く、条件に左右されやすい。
そしてレバーは、この"吸収されやすいヘム鉄"の王様です。数字で見ましょう(生100gあたり、日本食品標準成分表)。
- 豚レバー:13.0mg
- 鶏レバー:9.0mg
- 牛レバー:4.0mg
意外なことに、いちばん鉄が多いのは豚、少ないのは牛。ほうれん草の鉄が100gで2mg前後、しかも吸収されにくい非ヘム鉄であることを思えば、レバーの効率は圧倒的です。「鉄を摂りたい」なら、レバーはまさに切り札。ここまでは、強い根拠をもって断言できます。
狙いは鉄。でも、ついてくるオマケがすごい
レバーが本当に面白いのは、鉄を狙って食べると、"血を作るチーム"がまるごとついてくるところです。
血液を作るには、鉄だけでは足りません。ビタミンB12と葉酸という相棒が要ります。この二つが欠けても、やはり貧血になる。そしてレバーは——
- ビタミンB12:牛レバー100gで53µg(成人の目安のおよそ20倍以上)
- 葉酸:鶏レバー100gで1300µg(同じく桁違い)
つまりレバーは、「鉄・B12・葉酸」という造血の三役を、一皿で一気にそろえられる数少ない食材なのです。さらに、抗酸化に関わる銅や亜鉛も豊富。狙ったのは鉄なのに、貧血予防のフルセットがついてくる——このお得さが、レバーが"レバーである"理由です。
(念のため正直に言うと、銅や亜鉛が「直接パフォーマンスを上げる」という強い証拠まではありません。あくまで、体を整える土台として、と受け取ってください。)
ここが肝心:栄養がありすぎて、「毎日は食べられない」
さて、ここまで読むと「よし、毎日レバーだ」と思うかもしれません。それは、やめてください。 そして、この"やめてください"こそが、レバーという食材の凄みを物語っています。
レバーは、ビタミンA(レチノール)が桁外れに多いのです。鶏レバー100gで、なんと14,000µgRAE。一方、成人が1日に摂ってよいビタミンAの上限量は2,700µgRAE(食事摂取基準)。つまり——鶏レバー100gは、1日の上限の約5倍。焼き鳥のレバーを1〜2本つまむだけでも、上限に届いてしまうほどの濃さなのです。
ビタミンAは、摂りすぎると頭痛や肝臓への負担などの過剰症を招きます。だから、レバーは「毎日の常食」ではなく「ときどきの切り札」。目安としては、週に数回、一度に100g前後まで。栄養が濃すぎるがゆえに、量と頻度でブレーキをかける——そういう、少し特別な食材なのです。
そして、とくに強く言いたい注意が一つ。
妊娠している・その可能性がある人は、控えめに
妊娠初期の女性は、レバーの食べ過ぎを避けてください。 ビタミンA(レチノール)を妊娠初期に過剰に摂ると、赤ちゃんの器官形成に影響するリスクが指摘されており、産科の現場でも「妊娠初期はレバーやうなぎの食べ過ぎに注意」と、広く知らされています。マスターズ世代や、これから妊娠を考える選手にも関わる話です。該当する方は、自己判断で常食せず、かかりつけの産科に相談してください。これは、レバーの記事で絶対に外せない一点です。
そのほかの、正直な注意
- 必ず、しっかり加熱する。 牛レバーの生食(レバ刺し)は2012年から、豚のレバーも2015年から、法律で禁止されています。食中毒(腸管出血性大腸菌やE型肝炎など)のリスクがあり、安全な生食法が確立されていないためです。おいしそうでも、生はなし。中まで火を通してください。
- 痛風が気になる人は、頻度を抑える。 レバーはプリン体が多め(鶏レバーで100gあたり約310mg)。たまに食べるぶんには問題になりにくいですが、頻繁な多量摂取は尿酸値を気にする人には向きません。
- コレステロールは、過度に恐れない。 レバーは高コレステロール食品ですが、食事のコレステロールと血液・心臓への影響は、近年見直しが進んでいます。「レバー=悪」と単純に決めつける古い言い方は、そのまま受け取らなくて大丈夫です(ただし食べ過ぎないのは、上記のビタミンAの理由からも同じです)。
おいしく、賢く食べる
- 種類の使い分け:鉄を最優先なら豚レバー(レバニラの定番。臭みは牛乳に浸すと和らぎます)。手軽さと食べやすさなら鶏レバー(焼き鳥・甘辛煮)。ただし鶏・豚はビタミンAが特に多いので量に注意。牛レバーは鉄もAも控えめで、その点は気楽です。
- ビタミンCと組む:レバー自体のヘム鉄は吸収されやすいのですが、付け合わせにニラ、パプリカ、レモンなどビタミンCの多いものを添えると、他の食材の非ヘム鉄の吸収まで底上げできます。レバニラは、実は理にかなった一皿なのです。
- 「お茶と一緒はダメ」は、気にしすぎない:お茶のタンニンは非ヘム鉄の吸収を妨げますが、レバーのヘム鉄への影響は小さいとされます。神経質にならなくて大丈夫です。
なお、鉄やビタミンDが競泳で不足しやすいことは、栄養戦略の記事でも触れました。レバーは、その「鉄」の穴を、一皿で力強く塞いでくれる切り札です。
今日からの一手
- 不調が続くなら、まず検査。 「なんだか重い」が続くなら、フェリチンを含む血液検査で"隠れ貧血"を確認する。とくに女性スイマー。
- 切り札として、週に数回。 鉄を狙うなら豚レバー(13mg)か鶏レバー(9mg)。一度に100g前後まで、毎日は食べない。
- ビタミンCを添える。 ニラ・パプリカ・レモンと組むと吸収が上がる。レバニラは理にかなった一皿。
- 必ず加熱。生はNG(法律で禁止)。 中までしっかり火を通す。
- 妊娠中・その可能性があるなら控え、産科に相談。 ビタミンA過剰のリスクを避ける。
まとめ
- 原因不明の「重さ・失速・眠気」は、根性でなく鉄不足のことがあります。とくに女性スイマーは隠れ貧血が多い(研究で女子の約半数という報告も)
- 鉄欠乏は持久力を3〜4%下げ、補うと戻る。まずはフェリチンの検査を
- レバーは吸収されやすいヘム鉄の王様(豚13・鶏9・牛4mg/100g)。しかも鉄・B12・葉酸の造血三役が一皿でそろう
- ただしビタミンAが濃すぎて毎日はNG(鶏レバー100gで上限の約5倍)。週数回・100g前後、加熱必須(生食は違法)、妊娠初期は要注意
レバーは、「体にいいから毎日食べよう」という優等生タイプの食材ではありません。濃すぎて、たまにしか食べられない。でも、ここぞで効く。まさに"切り札"の名がふさわしい一皿です。
もし最近の重さに心当たりがあるなら、まずは検査を。そして次の買い物で、レバーを一パック、かごに入れてみてください。数週間後、後半のひと伸びが変わっているかもしれません。
