📚 LIBRARY
AIスイムナビゲーター アオAI ナビゲーター アオ「糖質は控えたほうがいい」「いや、しっかり摂るべきだ」——食事の話になると、正反対の助言が飛び交います。どちらを信じればいいのでしょう。今日は、競泳選手の体をエネルギー源そのものから見つめ直し、糖質と脂質という「二つの燃料」の使い分けを、仕組みからご案内します。少し長くなりますが、読み終えたとき、食事への迷いが一つ、軽くなっているはずです。
コンディション

ハイブリッドエンジンを乗りこなす——糖質と脂質、競泳選手の「二つの燃料」の科学

2026.07.09 | 文・AIスイムナビゲーター アオ
ハイブリッドエンジンを乗りこなす——糖質と脂質、競泳選手の「二つの燃料」の科学

はじめに——「糖質は敵」なのか、「味方」なのか

書店の棚にもSNSにも、食事の情報があふれています。「糖質を減らせば体が絞れる」「脂肪をエネルギーにして動ける体を作ろう」——こうした言葉を、一度は目にしたことがあるはずです。そして真面目な選手ほど、「じゃあ自分も糖質を控えるべきなのか?」と迷ってしまう。

けれど、ここで一度立ち止まって考えたいことがあります。街に流れる健康法やダイエットの多くは、運動をあまりしない人や、体重を落としたい人に向けて語られています。一日に何千メートルも泳ぎ、心臓が破れそうな強度で追い込む競泳選手の体は、それとはまったく別の世界を生きています。同じ「糖質」という言葉でも、語られている前提がまるで違うのです。

結論から言えば、競泳選手にとって、糖質は「敵」でも「味方」でもありません。脂質と並ぶ、二つある燃料のうちの一つです。そして速く泳ぐ体とは、この二つの燃料を、場面に応じて賢く使い分けられる体のことなのです。

この記事のゴールは、ひとつです。「糖質か、脂質か」という二択の発想から抜け出し、「二つのエンジンを積んだハイブリッドな体」という見方を手に入れる。 そこから、自分の練習に合った燃料の"乗せ方"が見えてきます。少し専門的な話も出てきますが、一つずつ噛み砕いて進みますので、どうぞゆっくりお付き合いください。

あなたの体は、二つのエンジンを積んでいる

まず、体がどうやって動いているかを、燃料の視点から見てみましょう。

私たちが筋肉を動かすとき、そのエネルギーは主に二つの源から供給されます。ひとつは糖質、もうひとつは脂質です(正確にはタンパク質も使われますが、主役はこの二つです)。この二つは、性格がまるで正反対です。

糖質は、体の中でグリコーゲンという形にして蓄えられています。グリコーゲンとは、ブドウ糖をたくさんつなげた"貯蔵用のかたまり"のことで、肝臓と筋肉に貯金されています。糖質エンジンの特徴は、出力が高く、立ち上がりが速いこと。酸素が十分でない状況でも、短時間なら力を出せます。まさに、パワーとスピードのエンジンです。

ただし、弱点があります。タンクが小さいのです。体に蓄えられるグリコーゲンは、成人でおおよそ400〜500グラム前後、エネルギーにして約2,000キロカロリー程度と言われます。これは、激しい運動を続けると1〜2時間ほどで底をつきうる量です。頼れるけれど、長くはもたない。それが糖質エンジンです。

一方の脂質は、体脂肪として蓄えられています。こちらの特徴は糖質とは正反対で、出力は穏やかだが、タンクが桁違いに大きいこと。しっかり絞れた選手の体でも、脂質は数万キロカロリー分もの莫大なエネルギーを蓄えています。糖質のタンクを"水筒"だとすれば、脂質のタンクは"貯水池"のようなもの。まず尽きることはありません。ただし、脂質からエネルギーを取り出すには手間と時間がかかり、高い出力には向きません

ここで、ハイブリッドカーを思い浮かべてください。街中の穏やかな走行では燃費のよい電気モーターを使い、急な坂道や追い越しではパワフルなエンジンに切り替える。二つの動力を状況で使い分けるから、効率よく、かつ力強く走れる。

私たちの体も、まったく同じです。穏やかな運動では大容量の脂質を、激しい運動では高出力の糖質を——二つのエンジンを積んだハイブリッドとして、もともと設計されているのです。

強度が上がると、燃料が切り替わる

では、体はこの二つのエンジンを、どんなときに、どう使い分けているのでしょうか。鍵を握るのは、運動の強度です。

ゆっくりした散歩や軽いジョグのような低い強度では、体は主に脂質を燃やしています。時間にはゆとりがあり、酸素も十分に足りているので、取り出すのに手間のかかる脂質でも、じっくり燃やして間に合う。だから低強度の運動では、大容量の脂質エンジンが主役になります。

ところが、強度が上がっていくと、事情が変わります。ダッシュや全力のスイムのような高い強度になると、体は必要なエネルギーを、速く・大量に用意しなければなりません。ここで脂質は間に合わなくなります。脂質を燃やすには多くの酸素が必要で、しかも反応がゆっくりだからです。

そこで主役を代わるのが糖質です。糖質は、酸素が十分でない状況でも、素早く大きなエネルギーを生み出せる。だから、強度が上がるほど、体は脂質から糖質へと主役を切り替えていくのです。

この「脂質優位から糖質優位へと主役が入れ替わる境目」を、運動生理学ではクロスオーバー・ポイントと呼びます。運動の強度がこの境目を超えると、糖質の消費量が一気に跳ね上がっていきます。

少し原理的な話をすると、糖質は同じ量の酸素から、より多くのエネルギーを取り出せる、いわば"酸素あたりの燃費がよい"燃料です。息が上がって酸素の供給が追いつかなくなる高強度の局面で、体が糖質に頼るのは、きわめて理にかなった選択なのです。

まとめると、こういうことです。

そして競泳という競技は、この話と、切っても切れない関係にあります。

競泳は、「糖質エンジン」で戦う競技

ここまでの話を、プールに持ち込んでみましょう。

競泳、とりわけスプリントから中距離のレースは、きわめて高い強度で行われます。50メートルや100メートルの全力泳、レース終盤のラストスパート、練習でのハードなインターバル——これらはすべて、クロスオーバー・ポイントをはるかに超えた領域です。つまり、競泳の勝負どころは、そのほとんどが糖質エンジンの担当なのです。

ここに、大切な意味が二つあります。

ひとつめ。糖質のタンクが空になると、体は高い出力を保てなくなります。 練習の後半や、レースの終盤で、「フォームは崩れていないのに、なぜか進まない」「腕は動かしているのに、力が伝わらない」——そんな失速を経験したことはないでしょうか。その一因は、糖質タンク(グリコーゲン)の枯渇かもしれません。持久系のスポーツでは、これを"ガス欠"になぞらえてハンガーノックと呼ぶことがあります。頼れるはずの糖質エンジンも、タンクが空では力を出せない。これは根性の問題ではなく、燃料の問題です。

ふたつめ。だからこそ、脂質エンジンをうまく使うことに意味が出てきます。 二部練習や長時間の泳ぎ込みのように、強度がそれほど高くない局面では、体は脂質も燃やしています。ここで脂質をしっかり使えれば、貴重な糖質タンクを、勝負どころのために温存できる。長距離走のペース配分と同じで、序盤で全部の燃料を使い切ってしまえば、最後まで持ちません。

つまり競泳選手にとって理想の体とは、「勝負どころでは糖質を惜しみなく使い、そうでない局面では脂質を上手に燃やして糖質を節約できる」体。二つのエンジンを、局面に応じて切り替えられる体です。この「切り替え上手」こそが、次の話の核心になります。

「代謝の柔軟性」——エンジンを切り替える力

二つの燃料をなめらかに使い分ける能力を、スポーツ栄養学では代謝の柔軟性(メタボリック・フレキシビリティ)と呼びます。「今は脂質でいこう」「ここは糖質だ」と、体が状況に応じてスムーズにエンジンを切り替えられる状態のことです。

この柔軟性が高い体は、燃費のうまいドライバーに似ています。平坦な道ではおとなしく脂質で走り、いざ坂道が来たら迷わず糖質にギアを上げる。燃料のムダ遣いをせず、必要なときに必要なパワーを引き出せる。逆に、柔軟性が乏しいと、ラクな局面でも糖質ばかり使ってしまい、肝心の勝負どころでタンクが心細くなる——ということも起こりえます。

では、この柔軟性はどうすれば育つのでしょうか。ここで、糖質ピリオダイゼーションという考え方が登場します。少し難しい言葉ですが、意味はシンプルで、「練習の強度や目的に合わせて、糖質の摂り方を変える」という発想です。

つまり、毎日一律に食べるのではなく、その日の練習に合わせて燃料の入れ方を変える。これが糖質ピリオダイゼーションの骨子です。

ただし、ここで強く申し添えたいことがあります。この「あえて糖質を控える」戦略は、体ができあがり、自己管理も確立した上級者が、専門家の指導のもとで慎重に行うものです。トップ選手の一部が採り入れている手法ではありますが、諸説あり、効果や向き不向きには個人差も大きいと言われます。成長期の選手や、栄養管理に慣れていない人が、見よう見まねで糖質を削るのは危険です。柔軟性を育てるつもりが、次の章で述べる「エネルギー不足」に陥っては、元も子もありません。

この記事で覚えていただきたいのは、細かなテクニックそのものよりも、「体は二つのエンジンを持ち、それを切り替えている」という発想の枠組みのほうです。その上で、いちばん大切な"安全弁"の話に移ります。

いちばん大切な注意——「削る」より「足りている」が先

ここまで「糖質を温存する」「脂質を使う」という話をしてきました。けれど、この記事で最も強くお伝えしたいのは、それとはまったく逆の方向の注意です。

燃料の使い分けを考えるより先に、まず「全体の燃料が足りている」ことが、何よりも先に来ます。

近年、スポーツの世界で強く警鐘が鳴らされているのが、RED-S(レッズ)という状態です。これは「スポーツにおける相対的エネルギー不足」の略で、ざっくり言えば、運動で使うエネルギーに対して、食事から摂るエネルギーが慢性的に足りていない状態を指します。

エネルギーが足りない体では、命を保つことが最優先されるため、「今すぐ必要でない機能」から順に、体が活動を切り詰めていきます。その影響は、驚くほど広い範囲に及ぶと報告されています。

皮肉なことに、「体を絞れば速くなるはず」と糖質やエネルギーを削った結果、パフォーマンスそのものが落ち、故障が増える——RED-Sは、そういう本末転倒を招きかねない状態なのです。

とりわけ、成長期の選手と女性選手は、エネルギー不足の影響を受けやすいと言われます。体を作る大切な時期に燃料を絞ることは、目先の体重以上に大きなものを失いかねません。

だからこそ、この章の見出しはこうなります——「削る」より「足りている」が先

糖質を戦略的に扱う話は、あくまで十分に食べられているという土台があって初めて成り立ちます。もし今、「疲れが抜けない」「記録が伸びない、むしろ落ちている」「月経が乱れている」「体調をよく崩す」——そうしたサインがあるなら、それは"追い込みが足りない"のではなく、"燃料が足りない"というサインかもしれません。そのときは食事を削る方向ではなく、むしろしっかり食べること、そして専門家(公認スポーツ栄養士や医師)に相談することを、いちばんの選択肢にしてください。

今日からできる、燃料の"乗せ方"——4つの目安

ここまでの科学を、明日から使える形にまとめます。どれも「削る」話ではなく、「賢く乗せる」話であることに注目してください。

1. きつい練習の日・レースの日は、糖質を切らさない。 糖質エンジンが主役の日は、タンクを満たして臨むのが基本です。前日の夕食や当日の食事で、ごはん・パン・麺・果物といった糖質を、しっかり確保しておきましょう。「大事な日ほど、燃料を積む」——これが第一の目安です。

2. 練習後の補食で、"次のタンク"を仕込む。 使い切ったグリコーゲンのタンクは、運動後、できるだけ早いうちに補給を始めると、効率よく回復しやすいと言われています。練習が終わってから食事まで時間が空くなら、おにぎりやバナナ、乳製品などで軽く糖質を入れておく。二部練で午後も泳ぐ日は、この一手が午後の質を左右します。

3. 後半の失速を、「根性不足」と決めつけない。 練習やレースの終盤で急に進まなくなるとき、その一因は燃料切れかもしれない、と一度疑ってみてください。原因が「気持ち」ではなく「糖質タンク」にあるのなら、対策は精神論ではなく、補給とペース配分になります。自分の失速がどこで来るかを知ることは、燃料戦略の第一歩です。

4. 「糖質=悪」という思い込みを、そっと外す。 競泳選手にとっての糖質は、ダイエット記事で語られる"敵"ではなく、速さを生む高出力エンジンの燃料です。大切なのは減らすことではなく、質(何から摂るか)とタイミング(いつ摂るか)を整えること。この見方に切り替わるだけで、食事との付き合い方が、ずいぶん楽になるはずです。

どれも、特別な食材やサプリメントは要りません。いつもの食事を、練習に合わせて"どう乗せるか"——ただ、それだけのことです。

もし、"自分がいまどれくらい食べられているのか"の現在地を知りたくなったら、このサイトの無料ツール Swim・Fuel をのぞいてみてください。1日に必要なエネルギーの目安と、実際に摂った量を照らし合わせて、「足りている?」をやさしく見える化できます。数字はあくまで目安ですが、"多すぎ・少なすぎ"の感覚をつかむ入口になります。

おわりに——賢いのは、エンジンを"選べる"体

最後に、今日の話を振り返ります。

「糖質か、脂質か」は、どちらかを選ぶ問いではありませんでした。本当に速い体とは、その時々で最適なエンジンを"選べる"体です。そしてその選択は、極端な制限からではなく、十分に食べられているという安心の上にだけ成り立ちます。

食事の情報に迷ったときは、どうか思い出してください。あなたの体は、二つの優れたエンジンを積んだ、精巧なハイブリッドです。すべきことは、どちらかを捨てることではなく、両方をていねいに満たし、上手に使い分けてあげること

今日の食卓の一皿が、明日のプールでの一かきを、静かに支えています。

出典・参考:運動強度に応じた糖質・脂質の利用比率の変化(クロスオーバー・コンセプト)、状況に応じて燃料を切り替える「代謝の柔軟性(metabolic flexibility)」、練習の強度・目的に合わせて糖質摂取を調整する「糖質ピリオダイゼーション」は、運動生理学・スポーツ栄養学で広く論じられている考え方に基づきます。エネルギー不足の危険については、RED-S(スポーツにおける相対的エネルギー不足)に関する国際的な合意声明の知見を参照しました。グリコーゲン貯蔵量などの数値は個人差が大きく、本文の値はおおよその目安です。実際の食事調整は、公認スポーツ栄養士や医師など専門家への相談を前提とした一般的な紹介であり、特定の食事法を推奨するものではありません。
※ この記事は一般的な知見や公開情報をもとにした読みものであり、医療上の助言ではありません。体に不調があるとき、トレーニングを大きく変えるときは、指導者や専門家にご相談ください。
‹ ライブラリ一覧へもどる